| 2012年 |
3/15 |
昨日は朝方に変な夢を見て起きてしまった。1年間に数回、変わった夢を見る。すごくリアルで、すごく懐かしくて。決して怖くはない。
それ以外はほとんど夢など見ない。どうも爆睡しているらしい。地震が来ても起きないほど。
一度起きたらなかなか寝られない。きっと身体が「睡眠はもう大丈夫だよ」といっているのだろう。
時間は6時前。TVとストーブをつけて、布団から這い出した。天気を見ようとカーテンの隙間を少し開けてみた。
空が明るくなってきている。とてもきれいだ。
秩父連山が良く見える。残念ながら富士山はビルに視界を阻まれて見る事は出来ないが。
枕草子の第一段に
「春はあけぼの。ようよう白くなりゆく 山ぎわすこしあかりて 紫だちたる雲の細くたなびきたる」とある。
かつて清少納言もこの景色をどこからか眺めたのだろうか。
春はあけぼのに限る。まさにその通りだと思った。
7時くらいになったら眠くなってきたので、また眠ってしまいました。
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| 2012年 |
3/6 |
今日は休みです。朝のうちは雨が降っていたので、ごろごろテレビを見ていたら、急に日が差してきて、みるみる気温が上昇してきました。
とりあえず部屋の空気の入れ替えと、洗濯物を干して、掃除をしていると、案の定、体がうずうずしてきて、お出かけしたくなりました。
さんざん悩んだ結果、越生梅林が見ごろかなぁと思い、行くことに。
もう一つの目的が、よしひろの蕎麦。
さて、1年以上洗車をしてない愛車に乗って、越生梅林へ。
なんと!!まったく咲いてない。こんな感じです。
今年は特別寒かったのでしょう。梅林のポスターが2月11日〜3月20日までとなってました。


ん〜。それでも歩きながら良く見ると、柔らかくなった蕾が、今日の暖かさに誘われるかのように顔を出し始めていました。


さて、どこに行こう。と久しぶりに黒山三滝へ。
雨上がりの山の小道は、露に光った草木がとてもきれいです。
清流の流れは、勢いがありとても早く、植物も水をたっぷり吸って、春の日差しを全体に浴びようと、元気いっぱいです。
滝もいつもより水量が多く迫力満点。
少し遠回りしてゆっくりと歩いてきました。雨上がりなので足元は滑ります。
駐車場に着くと、昼の1時。朝食抜きだったので腹ペコです。
さて、目的の蕎麦屋よしひろさんへ。
な、なんと・・・休みです。
仕方がないので、梅林の向かいにある、美味しいうどん屋さんへ。名前は忘れました。(甚・・・といったような)なんとそこも休み。
困った・・・、お腹空いた・・・・。
そこではじめてみたお蕎麦屋さんへ。
黒岩の交差点と、梅林の間くらいにある(酒造の向かい)お蕎麦屋さんです。
開いてた!天せいろの大盛を食べました。とっても美味しかったです。
帰りに向かいの酒造へ寄って、日本酒を1本購入して、帰宅しました。
梅にちなんだ百人一首をご紹介します。
「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほいける」
36歌仙の一人、紀貫之が読んだ歌です。普通、花というと「桜」を連想しますが、ここでは「梅」です。
詞書に「梅の花を折りて詠める」とあるからです。
それからもう一つ
「雪ふれば 木ごとに花ぞ咲きにける いずれを梅と わきてをらまし」
これは紀友則が読んだ歌です。貫之とは従兄弟関係です。
これは「きごとに→木毎に」=梅 という遊びも混じっています。
結構この遊び歌も多く、百人一首の中にも
「吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ」
というのもそうです。文屋康秀の歌です。
さてさて、
今日の暑さで明日、明後日には梅の花も開花するのかなぁ。
と思いながら、余りの暑さに窓を全開にして、帰路につきました。
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| 2012年 |
1/6 |
元旦。
スキーに行ったついでに、長野善光寺の七福神めぐりをしてきました。
七福神めぐりも、もう9年目。毎年欠かさずに、どこかの七福神を巡っています。
出来るだけ歩いてまわることにしています。今年は約3時間かかって、長野駅から、善光寺に向けて、神様を巡りながら歩きました。
さすがに善光寺はすごい人。芋洗い状態でした。30分近く並んでやっとお参りができました。
実はこれが初詣ではありません。
この善光寺に行く前に、戸隠神社によってきたのです。
戸隠神社は実は知る人ぞ知るパワースポット。
平安時代から霊地、聖地として、修行者が絶えないところです。
戸隠神社は奥社、中社、宝光社の3つに分かれていて、その3箇所をお参りするのですが、この奥社がすごい。
3kmほど歩くとやっと見えてくる。
しかも小高い山の上。足元は雪と氷で悪く、結構急な坂を上るので、つるつる滑る。
知っている人は、完璧な登山靴とスキーストックをもってすいすい。スニーカーの私は、はぁはぁ言いながらヤットコサ神社に到着。息を整えてから初参り。澄んだ空気と、凛と張り詰めた雰囲気。
感動です。
ただ、帰りの坂道は行きよりも大変でした。
最後に回った宝光社もすごい。200段以上の階段を上ってやっとこさ社に到着。
ご想像通り、階段の上にも雪、雪、雪。階段というより、雪の滑り台。
手すりにしがみついて、手の腕力で上った感じ。
帰りは滑りながら下りたので楽チンでした。
一通りまわったあと、
近くの蕎麦屋で戸隠蕎麦を食べました。
とってもおいしかった。
戸隠とは実に変わった名前です。戸に隠す。何を隠すのでしょうか?神社の境内に書いてありました。
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| 2012年 |
1/3 |
久しぶりの書き込みとなってしまいました。
今年は、12月30日から1月2日まで志賀高原にスキーに行ってきました。
天気が良く絶好のスキー日和。山頂に立つと、真っ白なアルプス連峰が大パノラマで見渡せ、その裾野には野尻湖が静かにたたずんでいます。
下界には、米粒のように小さな車が行き交っていて、なんとも不思議な感覚に襲われます。
自分がジオラマの一部になっている気がするのです。
空の上には、大きな何かが、私たちのことを眺めて楽しんでいるのでは・・・・ そんな感覚です。
昨年は、自然の大きさ、力、人間の無力さを嫌というほど認識させられました。山頂から、この景色を眺めていると、この山々が怒ったら、人間なんかひとたまりもないと感じさせられます。大きな力がこのジオラマを強くゆすったら・・・
私たちはこの地球(大地)に生かされているんだと思います。
天気が良いので山頂でパンをかじりながら、そんなことを考えていました。
大学の時にスキーを初め、以来、毎年欠かさずに、スキーには行っています。なのである程度は滑れます。ただ、体力がなくなったせいか、こぶ斜面などを滑ると、膝がガクガク震えて、しばらく滑れなくなってしまいます。また、長時間の滑走も、滑っているうちに太ももが痛くなってくるし、止まる時に足が言う事をきいてくれなくなるので、難しいです。
それでも楽しいです。終わった後の温泉の極楽感、微かな筋肉疲労の満足感、そして、おいしいお酒と絶品の料理。
辛い事や嫌なことが吹き飛んでしまいます。
好天に恵まれることは滅多にないので、この爽快な気分も久しぶりでした。
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| 2011年 |
9/21 |
先日の台風15号はすごかった。庭に立ててあるガーデニング用の大きな日傘が、閉じていたのにもかかわらず倒れていた。
傘の骨も折れてしまっていて、先月カインズで買ったばかりなのに、っとちょっとショック。
あれだけ直撃するとよくあるのが、雨漏りのクレーム。
今日はすぐに動けるように午前中は会社に待機していることにした。
暇なので久しぶりにコラムを書くことにする。
台風といえば、
台風は昔は「野分(のわき)」と呼ばれていた。野原の草を分けるほど強い風が吹くからだ。
今、何故台風になったのかは分からないが、昔の「野分」のほうが、趣のあって、良い言葉のように感じる。
ただ危機感はなくなるかもしれない。
「明日未明、本州に「のあき」が直撃します」なんてニュースで流れていても、ピンとこない。
台風(大風)の方が、勢力が強く感じられる。
さて、いつも通り百人一首の話だが、実は、野分(台風)を詠んだ百人一首はない。古今集、万葉集などの和歌にも「野分け」を用いた和歌は少ない。
ただ、百人一首の中に、野分に近い「秋の風」を詠ったものはある。例えば、
文屋康秀の詠んだ、
「吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐というらん」
とか、
その息子の、文屋朝康の詠んだ
「白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬき留めぬ 玉ぞ散りける」
などがそうである。
本当に素晴らしい歌なので、是非知っていただきたいという意図から、意味は次回取り上げるとして、どちらも、どのくらい強い台風なのだろう?という疑問が浮かんでくる。
最初の康秀の方は、台風が接近してくる最初の頃の、風が急に強く吹いたり、弱まったりを繰り返し、徐々に強くなってくる、程度の風速のように捉えられる。
後の朝康の方は、露を宝石に見立てているのだが、その露が強い風で飛び散って、まるで宝石(真珠)が飛び散っているみたいだ。という感じなので、先日の台風の様な、木をなぎ倒すほどの風速を感じさせない。
先日の台風で草に付いた露が風で飛ばされて、宝石のように見えてきれいだなぁ・・・なんて言っていられない。
百人一首以外では、百人一首の選者である藤原定家が詠んだ、
「たまゆらの 露も涙も とどまらず 亡き人恋する 宿の秋風」
これは、新古今和歌集の哀傷「母の身まかりにける秋 野分しける日 もと住み侍りける所まかりて」が出典である。
また、これも新古今和歌集の寂連法師の詠んだ
「野分せし 小野の草ぶし 荒れ果てて 深山の深き さを鹿のこえ」
このくらいなのである。何が言いたい方いうと、昔は台風は現代ほど頻繁に来なかったのか?
また、来たとしても、現代ほど強力ではなかったのか?
はたまた、さほど被害が出ていなかったのか?
などの疑問が浮かんでくるのである。
しかし、一歩踏み込んで考えてみると、台風は昔のままなのでは?と考えることもできる。
台風は、「野分」は特別強力になったわけでもなく、そして以前より頻繁に発生なっているわけではないのである。
現代の自然を無視した人間の開発が、被害を拡大させているのかもしれない。
コンクリートで作られた町並みは、雨水を地球に吸わせず、行き場をなくした水は一点に集中する。
むやみに木はひき抜かれ、山は崩され、民家が立ち並び、地盤が軟弱になる。
都内で倒木した木をみると、それは人間がお飾りで植えた木ではないか。
簡単なことだ。「野分」が昔と変わって、凶暴になったわけではない。
人間が、自分たちのやってきたことに、逆に苦しめられているだけなのだ。
昨夜は、部屋の窓に激しく当たる風と、雨の音を聞きながら、そんなことを考えあぐねていた。
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| 2011年 |
8/26 |
今日は特に用事も無いので、念願のワシントンナショナルギャラリーに行くことにした。今日行かなければたぶんに行かないで終わってしまうだろう。
午後によりたいところがあったので、午前中に見てしまおうと、9時に出発。10時半くらいに六本木に到着。
9月5日までだったので、駆け込みがあるかなぁと思ったが、以外に空いていた。
内容は、これまた想像以上にすごい!。下調べもしないで行ったので、本当に驚いた。
有名な絵画がたくさん出展されている。一生に一度は見たかった絵も何枚も展示されていた。
正直、「マネの鉄道」を見た時は鳥肌が立った。
迫力というか、感動というか、魂を抜かれたというか、言葉では表しけれない。
しばらく、何も考えないで見つめていた。
そのほか「モネの日傘の女性」「ドガのアイロンをかける女性」「ピサロのカルーゼル広場」「ルノワールの踊り子」「モリゾの姉妹」「カサットの青いひじ掛け椅子の少女」「セザンヌの赤いチョッキの少年」「ゴッホの自画像、薔薇」
なにしろすごい作品ばかりが堂々と飾られている。
列挙したのはほんの一部。まだまだたくさんの有名な絵画が展示されている。
観客の数も程よい。近くでも見られるし一歩下がっても見られる。
展示方法も素晴らしい。
写実主義から印象派そしてポスト印象派へと、時系列に展示されており、段階的に見られるようになっている。
そのおかげで、その時代時代の絵の違いや特徴が、たやすく理解できるようになっている。
この写実主義から印象派への転換期は、大変だったといわれている。
印象派の画家たちは、伯爵や金持ちのために絵を描くのが、ほとほと嫌になった。と同時に、絵の具の発展と共に、外の景色や、動いている人物を描ける様になってきた。
そして、産業革命などがあり、鉄道、車などが発展し、暮らしは豊かに、距離は短くなり、人々の暮らしや考えは大幅に変わっていったのだ。
そのような中、若い貧乏な画家たちは、「金・名誉・権力」とは関係なく、自分たちの描きたい絵を描くことになるのである。
最初は散々たる評価だった。こんなものは絵とは呼べないと、こっぴどく叩かれた。
しかし絵を描く楽しさは負けていなかったに違いない。
徐々にその画家たちは認められていった。
そしてマネ、ドガ、セザンヌ、ゴッホなど数々の巨匠が誕生した。
何かを変えるときには必ず抵抗勢力が生まれる。それは正しい事、道理なのかもしれない。
だがいかなるものも時代の波には逆らえない。時代が新しいものを求めれば移り変わっていく。
時代がまだ早いと思えば押し戻される。
時代が何を考えているのか。どちらを考えているのか。分かればこんな楽なことは無い。
分からないからこそやってみる価値があるのかもしれない。
今回の作品は、おそらく二度と見られないものがほとんどだろう。
お陰様で、3時間以上も楽しめた。
時間があればもう一回見たい展示会でした。
追記:帰りの夕立はすごかった。丸の内線はとまるし、地下鉄に雨水が進入してきて土嚢がつまれるし・・・
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| 2011年 |
8/18 |
今日も暑い。
せっかくの休みも、この暑さだと出かける気になれない。
誰かと約束しいてれば重い腰も持ち上がるのだが、私の趣味に付き合ってくれる奇特な人はなかなかいない。
しかも、突然決定される。
しかしながら、休みも今日まで。
せっかくだから空海と密教展にでも行こう!!と思い立った。
あそこなら駅から歩かないし。
ということで、一番暑い13時に出発。これまた一番暑い14時30分に国立美術館に到着。
混雑のほどもまぁまぁ。
並ぶほど混んでいないし、がらがらでもない。。
2時間じっくり堪能してきました。
密教というと、仏像が主体になるが、今回は「空海と密教展」。
最後の第4章でやっと仏像が出てきた。さすがにここはごった返している。以前「阿修羅像」が置かれていたところ。
実は、空海は三筆の一人に上げられるほどの書の達人。
当時「字」をまともに書ける人が少ない時代、超エリートしかなれない遣唐使になれたのも、唐に渡ったときに海賊と間違われた誤解を解いたのも、実は空海の「字」のおかげであったといわれている。
やはり、自筆の書物の展示が多い。きめ細やかであるが意思のある書体は見ていて惹き込まれていく。
そんな自筆の書の中に空海の座右の銘(?)となるものがあった。
「無道人之短 無説己之長」
「人の短を道(言う)なかれ 己の長をとくなかれ」と書かれている。
これは、100年位の中国(後漢)の時代にいた人(崔という名の人)が「五言二十句」、
要は、100字で書いた座右の銘を空海がまねして書いたもの。
その一番最初の2句が書かれている。
あの天才空海をもってしても、こんな単純なことを座右の銘にしていたのか(座右の銘かどうかは異論があるところだが)と感じた。
きっとこれを守るのは、人間には、とても難しいことなのであろう。
もっともその後18句も書かれているが。
この後漢の崔(さい)と言う人が書いたものの中に「四不殺」というものがある。
「嗜欲を以って身を殺す無かれ。貨財を以って身を殺す無かれ。政事も以って民を殺す無かれ。学術を以って天下を殺す無かれ」
意味は「欲をもつと自分を殺す。財産を残すと子孫を殺す。政治を誤ると国民を殺す。教育を間違うと天下を殺す」
代表選で盛り上がっている政治。
盛り上げなければならない課題は山積のはずだ。
被災地、経済、円高、北方領土、竹島、原発、電力不足、マニフェスト、放射能、などなど山積している。
だが、盛り上がるのは自分たちのことばかり。
「政事を以って民を殺す無かれ」
高い給料をもらっているのだから、この言葉を少しでよいから考えてもらいたいものである。
今日は「字」、そしてその字をつなげた「言葉」について、深く考えさせられた一日だった。
たまには、こういった変わった事を深く考える日が、一日ぐらいあってもよいのかもしれない。
追記:
空海の言った言葉で、素晴らしいものがある。
「人多き 人のなかにも 人ぞなき 人となれ人 人となせ人」
はっきりした意味は解らないが、おそらく
「人の多い世の中だが、本来の「人」と呼ばれる立派な人はいない。そういう立派な人になれ、人よ」
と言ったような意味なのであろう。ここでいう立派な人とは何を指しているのだろう。
空海は、次の言葉も残している。
「悟りを求め 涅槃にいくよりも 悟りを求め 衆生を救わん」
「どの僧も自分が涅槃に行きたいがために悟りを求めて修行をする。これは自分の欲望のためである。
だが本来は、民、人を救わんがために悟りを求めるのだ。」
と言っている。要は人のために生きなさい、という教えだ。
おそらく空海が考える立派な人とは、「人のために何かをできる人、やっている人」を指しているのであろう。
因みに涅槃とは、死んだ後の悟りの姿を言う。
悟りを開いた者の場合は「死んだ」とはいわず「入滅した」と表現する。
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| 2011年 |
8/15 |
駐車場から会社までの間、風がさらさらと吹いていた。
近所のプランターに植えてある、バジルの葉が、かなり傾いている。
以外と風が強いのだ。
今日はとくに夕立もなく、雷雨もなく、昼間の照りつけた太陽の熱が、今だ道路や住宅の壁に蓄えられていて熱気が身体に伝わってくる。
ただ、神経を研ぎ澄ませると、風の中にある涼しさを感じることができる。
先週、8月8日は立秋だった(8月7日と言う説もある)。
暦の上ではもう秋である。
この時期当たり前のように思い出す歌がある。
「秋来(き)ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる」
出典は古今集で、秋立つ日、すなわち立秋に詠めるとある
藤原敏行という歌人が読んだ歌である。36歌仙の一人でその才能は敏行集をつくるほどである。
意味はそのままのとおり。
「秋が来たとは、目にははっきりとは見えない、けれども、風の音に気づかされた。(ハッとさせられた)」と言う意味である。
上の句は「目」、下の句は「耳」の対比である。
「目と見」、「風と音」、この単純な言葉が、この和歌全体に簡潔感(清涼感)を感じさせている。
そして、「風の音」と言うこの言葉。風の音とは何なのか?
耳元を吹き付ける強い風の音なのか、木立や葉が揺れる音なのか?
その後の「驚く」と言うのは何に驚いているのか?
照りつける太陽中に感じる、風の涼しさに驚いたのか。
または、今で言う風鈴、(当時は銅や鉄で作られた風鐸)の小さな音に驚いたのか?
それとも、もう秋が来たことで、時の速さに驚いたのか?(もう秋か!時(季節)の過ぎるのは早いなぁ。ついこの間桜を見たのに。すぐに冬になってしまうよ・・・・みたいな感じ。最近自分も良く感じることがある。自説ですので笑って済ませてください)
しかし、この歌は百人一首の歌ではないのである。何故定家がこの歌を百人一首に入れなかったのか。
実はこの藤原敏行は次の歌で百人一首に入っている。
「住の江の 岸に寄る波 よるさえや 夢の通い路 人目よくらむ」
この歌の意味技巧は今度にして、どちらの歌も素晴らしいことに変わりはない。定家もどちらを入れるか、さぞかし悩んだに違いない。
エアコンや扇風機の普及で、感じようと思わないと感じられなくなった、素朴で単純な感覚。
暇なときでよい。夕方ドアを開けて、庭に立ってみよう。そして目を閉じて、感覚で風を感じてみたらいかがであろう。
もしかしたら、1000年以上前の歌仙と心が通じるかもしれない。
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| 2011年 |
8/4 |
先日鳩山の現地に行ったらウグイスが鳴いていた。
鶯の鳴き声は、森の中にいつまでも響き渡る。そして鶯の鳴き声には余韻がある。それが素晴らしい。
悲しそうに、何かを知らせているかのように、か弱いが芯の通った声。
かつて読まれた歌に次のような歌がある
「ほととぎす 鳴きつる方(かた)を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる」
千載集の夏が出典だ。以前記述した、百人一首の4つある夏歌の中の一つである。藤原実定(左大臣)が読んだ歌である。
意味は歌の通り・・・
「ほととぎすが鳴いたほうを眺めたら、そこには何もいなく、ただ有明の月(朝方の月)がのこっているだけだ」
最初は耳で聞いた上句。そして下の句は目で見た様子を表現している。
この何が素晴らしいのか。是非何回も何回も口ずさんでもらいたい。
実定が朝早く、外に出てなにをしていたのか?
平家の最盛期に生きた実定は、どんな苦しい思いだったのだろう。心配事で夜も眠れなかったのか?
それとも、暑かったから涼みに出たのであろうか?
当時は、車も電気もない。シーンと静寂が覆っている。そして薄暗い。
そんな中、たたずんで物思いにふけっていると、突然ほととぎすの鳴き声が空気を引き裂く。
その驚きと喜び! どこだ! 素早く振り向く!・・・・
が・・・・・ しかし、そこには、もうすぐ姿を消す「月」しかいなかった。
聴覚と視覚、月を擬人化している技法。なによりも上の句の緊張感、そして速さ、それに対して、下の句ののんびりした、そう「あ〜ぁ」といったため息に近い感じ。素晴らしいの一言。
定家が百人一首に取り入れた理由が良く分かる。
しばらく現地でほととぎすの声に酔いしれていた。
おかげで4箇所も蚊に刺された。
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| 2011年 |
8/3 |
最近夜が涼しくてぐっすり寝られる。なんとなく東の窓も暗い。今日は10時近くまで寝ていた。さすがに近所の話し声や犬の鳴き声、車の通る音で目が覚める。
新国立博物館でワシントンナショナル美術館展が開催している。午前中いっぱい行こうか行くまいか迷っていた。
天気も上々。ただ、ちょっとアクセスが悪いので悩んでしまう。午後一番で出発しようと思ったときに仕事の電話。
ブロック工事が完成したようだ。見てくれとのこと・・・・
また今度にします。が、絶対に行くのでまっててください。(誰が?)
ずいぶん前にゴッホが来た時は2回も見に行った。2日とも1時間以上並んでやっと入れた。
ロシア国立美術館が来たときも感動した。余り知ってる画家はいなかったけど、絵が素晴らしかったのを記憶している。印象強く、力強く、でも寂しげな、そんなタッチや配色の絵が多かった。
後は、ルーブルオルセーも大変だった。見たというより「行った」という記憶のほうが強い。それでも1生に1度しか見られないものばかり見てきた。
ダビンチは最後の晩餐、モナリザも良かったが、黄金率などの模型もあって彼の「天才」が余すところ無く展示されていた。
絵画を見るとき何を見るの?と良くきかれる。「何も見ない感じるんだよ」と私は答える。
表情、光、時間は?季節は、天気は?、配置は?遠近法は?などなど不思議なことがいっぱいある。
特に印象派以降の画家の絵は感動する。
ポスト印象派で知られるゴッホの精神疾患は有名だ。自分の耳を切り落としたという説もある。そして、耳を治療中の自分を自画像として残している。
暗い杉の絵や遠近法を無視した書き方などを見ると(わざと遠近法を無視した書き方をするときもあるらしいが・・・)、精神的に追い詰められているのがわかる。
ただ、時代背景や人物背景は特に問題ではない。
一歩、二歩離れて見ると、その絵の第一印象が決まる。まさにその「印象」を感じればよいのである。
絵だけではないと思う。樹、空、雲、虫、川、人、子ども、何かを見たときにその第一印象が必ずある。それを感じることができれば、人生はもっと楽しくなるのかもしれない。
歳を取ったときにそれを感じられる大人になりたいものである。
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| 2011年 |
7/27 |
前回記述の中に「仏教」について記入した一文があった。今日はその続きを・・・
仏教とはなにか?一言で言うと釈迦のおしえである。
釈迦とは、「お釈迦様」とか、「釈迦如来」と言われるもので、今は仏像や絵画で数多く目にする。
だが、釈迦は、他の如来(仏)、例えば大日如来や薬師如来とは違い、実在した人物である。
紀元前500年位まえにインドで実際に生きていたのである。
しかも釈迦族という種族の長の息子としてなんの不自由なく生きていた。
(詳しい年代が分からないのは、古代インドの文献には年号がないからである。古代インドでは、「輪廻転生」の考え方が根強く、死んでもすぐに生まれ変わるので年号は不要なのである。)
釈迦はある時、お城から外に遊びに行こうと思い、東門から出ようとすると、そこで老人と出会あった。南門から出ようとすると病人が座ってた。次に西門から出ようとすると死んだ人が寝かされていた。
釈迦はこれらを見たときに、人間には「四苦」といわれる「生老病死」が常に付きまとっていることを知った。
いつかはそうなるのだから恐怖だったのだろう。
そして北門から出ようとした時、清らかな顔をした僧に出会ったのである。
四苦を知っていながらあの穏やかな顔。釈迦はいつしか僧になりたくなってきたのである。そして29歳(確か29歳ちがっていたらすみません)のときに城を捨てて出家した。
出家した釈迦を待ち受けていたのは、苦行であった。山にこもり、滝に打たれ、瞑想し、断食もした。
そんな釈迦はあるとき思った。こんな苦しい思いをして何の意味があるのだろう?本当にこんなことで「さとり」が開けるのだろうか?
そう思って修行をやめた。
豪勢な王子時代の自分と、今の自分。どちらも良くない。この中間が良い。ということに気がつく。これは仏教用語で「中道」と表現される。極端に偏るのは良くないとの教えである。
そして、この教えをもとに修行をし、35歳のとき「菩提樹」の下で悟りをひらくのである。
その悟りの内容は、もっとディープな世界になるのでまた今度。
悟りを開いた釈迦の周りにはたくさんに人たちが弟子入りしてきた。釈迦は自分の悟りの内容を弟子たちに聞かせた。
その内容を弟子たちが紙に書きとめたのが、「お経・経典」である。
それが中国に伝わり、空海や最澄によって日本に持ち込まれたのである。
長くなるので今日はここまで。
今、国立博物館で「空海と密教」展がやっている。
なんとしても行かねば・・・・
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| 2011年 |
7/24 |
今日は、雲が多く、太陽が隠れる時間が長かったせいか、いくぶん涼しくかんじられた。たまには物件調査にでも行ってみるかと言うことで、車で鶴ヶ島、毛呂山、坂戸と2時間程度見て回って、会社に戻ってきた。
車で走っているとやたらお寺が多いことに気がつく。
お寺めぐり、仏像観察(仏像は見るのではなく、観察すると至極に面白い)が趣味の私は、行った事のないお寺にふらっと入ってしまうことが度々ある。
今日もどこかに「いとおかし」なお寺は無いものかと、きょろきょろしながら、見てまわっていた。すると、新築や増築をされているお寺が多い事に気がついた。個人的には古くて趣のある寺のほうが好きなのだが・・・・
「おほけなく うき世の民に おほうかな わが立つ杣に 墨染めの袖」
天台宗総本山である比叡山延暦寺の座主であった慈円と言う僧が詠んだ歌である。(天台座主は当時の仏教界の最高権威者)
「えらそうなことがいえる身分でもないが、戦や疫病で苦しんでいる民を、この比叡山で着ている、この服の袖で覆い尽くしたい。民にふりかかる災いを払いのけ、全ての民が幸せであるように」
と言う意味である。
詠んだのは座主になるずっと前のことだが、座主になるのは確定していたはずである。
それなのに1句目での謙遜。自分の腰を低くしている。偉ぶっている感がない。ここまでの地位に上り詰めると、なかなか謙虚になれないものである。
本来仏教とはこの歌のように、人を守り、正しい道へ導くのを目的としているはずである。(この話は釈迦の時代まで遡るので次回の機会に)
この歌を詠んだ慈円の境遇、心境、そして世の中の動乱は、さておいて何度も口ずさんでみると慈円の伝えたかったことが理解できる気がする。
今の日本にこの慈円の思いを感じることのできる僧が何人いるだろうか?政を行っている人たちの中には?そして私も含め日本人の中には?
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| 2011年 |
7/19 |
すごい雨だ。昨年もそうだが、降らないとまったく降らないし、降ると滝のような大雨になる。しとしと降る長雨はもうお目にかかれないのか。
雨は放射能を含んでいるから怖いよ。という記事を震災直後に見たことがある。会社の目の前を小学生がずぶぬれになりながら、笑顔で下校している。
そして、今度は、汚染牛肉の流通が拡大している。
ニュースを見てゾッとした。原発と言う代物は、半径数十キロ付近にとどまらず、何百キロも離れた地域にも深刻な影響を与えている。
これが原発の怖さか・・・
改めて認識した。
牛だけなのか。鳥、豚、馬、野菜、それも同じように餌や肥料を必要とする。今のところは大丈夫だ、といわれているが、その根拠が良く分からない。
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| 2011年 |
7/18 |
先日、歌で皆を元気付けようという趣旨の番組がやっていた。
歌は確かに元気付けられる。歌詞も、メロディーも、歌い手さんの笑顔も、なんて素敵なんだろ。
朝から被災地い行って、その帰りにこの番組に出演したグループ歌手がいた。もう日付が変わって夜中の12時過ぎである。私ならできるだろうか?心から尊敬し、敬服した。
見終わった後、なんとなく元気になった気がした。
百人一首の歌で次のような歌がある。
「ながらえば またこの頃や しのばれん 憂しと見し世ぞ 今は恋しき」
「生きながらえたら、今のこのつらさも懐かしく思い出されるのであろうか? (なぜなら)昔のつらかった思い出が、今では恋しく懐かしく思われるよ」と言う意味だ。
この作者、藤原清輔がどのような胸中、環境で詠んだのかはわからない。ただ、そうとう苦しく悲しいことがあったのだろう。
「ながらえば」という上の句に、「もう死んでもよい」という緊迫した作者の胸中が伺え知れる。
こ
の歌の感じるところは、昔と今と、人が思うところは変わらない、ということだ。
この歌の言うとおり、「ながらえば」いつかは明るい未来が待っていることを祈るばかりである。
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| 2011年 |
7/15 |
今日は金曜日。自動車関係の会社は、土日が出勤で、木金が休みとのこと。車や人の流れが微妙に変わってますね。毎日車でぶらぶらしているので良く分かります。えっ!この曜日のこの時間にこんなところが混んでる!って思ったことがしばしばありました。
台風が近づいているとのことなので、様子を見てのぼり旗を撤去に行かないと・・・・
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| 2011年 |
7/14 |
今日はお仕事でした。相変わらず暑い日が続きます。2ヶ月ほど前にインターネットで購入した草刈機を、今頃はじめて動かそうと、一生懸命組み立てていました。説明書が中国語なのでわからん。
なんとか1時間30分かけて組み立て終了。さぁ動かそうと、ガソリンを入れて動かそうとしたけど、動かない。不良品だ!・・・
もう2ヶ月も前なので返品は効かないし、これだからネットショッピングは嫌だ。まぁ安いのに飛びついてしまった自分も悪いのか。
昨日はせっかくの休みだったのに、体の調子が悪く、家で本を読んだり、パソコンを直したりゴロゴロしてました。自宅のノートパソコンのHDDが壊れたみたいで、システムが起動しなくなりました。新しいHDDを買ってきて取り替えて、リカバリーCDをインストールしました。昔のパソコンだからか、ずいぶん時間がかかりました。
夏だからあたりまえですが、明日も暑いみたいです。
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| 2011年 |
7/12 |
昨日だか一昨日、テレビである国会議員が声を荒げて言っていた。
「あの時はこの人なら大丈夫と思って内閣不信任案に反対した。でも今は早く辞して欲しい」みたいなことだ。
彼らは、つい1年ほど前に、今の総理大臣を選んだ人たちだ。そして少し前の不信任案にも反対して、この人で総理大臣は大丈夫だといった人たちだ。
人のこと良く言ったり、悪く言ったり・・・・嫌な世界だ。
今から1000年ほど前の後鳥羽院と言う人を思い出す。幼い頃に天皇にさせられ、19歳で院になった。彼は幕府に権力が集中していくのを嫌った人だ。
鎌倉幕府ができて30年後くらいに読んだ歌が次だ。
「人もをし 人もうらめし あぢきなく 世を思うゆえに 物思ふ身は」
「人を愛したり、人を恨んだり、つまらない世の中だ。世を思うゆえにそんなことを考えてしまう。」と言う意味のなのだが、
ふとこの歌が頭に浮かんだ。そして考えた。少しだけ・・・・
テレビで話していた人も、人の恨み口ばかり言っていないで、1度は信じた人なのだから、全員で、とことんまで支えてあげたらこの国はどうなるだろ? 良くなるのかなぁ? でも何が「良くなる」っていうことなんだろう?
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| 2011年 |
7/11 |
今日は、特選物件の周辺の施設の写真を取ってきました。
上の「特選物件」から入れますので、是非ともご覧下さい。
明日はお休みです。。。
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| 2011年 |
7/10 |
以前に千手千眼観音の話をした。当時庶民は苦しい生活を強いられていた。そんな時は仏様に祈るしかなかった。薬も無い、車も無い、電気も無い。祈るしかないのである。
最初は観音様(正式には聖観世音菩薩)に祈っていた。でも効果が無い。そこで、観音様は忙しいんだ。もっとよい仏はいないかなぁ。。。
そこで生まれたのが十一面観世音菩薩。この菩薩は、本来の顔の上に、正面に三面、右に三面、左三面、後ろに一面、頭のてっぺんにちょっと大きめの一面、計十一面をもっている。本来の顔を入れると十二面。要するに四方八方救いを求めている人を、もれなく探し出せると考えられた。民衆は祈った。今度こそ私の願いをかなえてくださる・・・・
しかし何も起こらない。そうだ、気づいているのだが手が一つしかないから助けたくても助けられないのだ。
そこで登場したのが、千手千眼観世音菩薩。実は十一面の顔も持っているほか、千の手と、その指先一つ一つに目がついている。これならみんなをお救い下さるにちがいない・・・・
人間には欲がある。もっと、もっと、もっと、もっと・・・。人間界は欲界(欲界のなかには全部で6つの世界がある)の中の一つ。
携帯電話、車、TV、エアコンどんどん便利になっていく。全て人の欲が世界を動かしている。悪いことではない。
ただどこまで突き進むのか。最近原発のニュースや猛暑のニュースなんかを見ていると、どこまで便利になるのか、そして最後はどこなのか、ふと考えさせられる。
ちなみに、十一面観音は密教経典の一つにのっているので、それに基づいて作られています。
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| 2011年 |
7/9 |
昨夜は暑くて眠りが浅かった。窓を開けていても風が入ってこない。寝苦しい。気がつくと、もう明け方なのか新聞配達のバイクの音がする。カーテンがほんのりと明るくなってきている。早くも1日が始まるのか・・・と憂鬱になったその時、ある百人一首の歌が頭に浮かんだ。
百人一首には夏の歌が4つある。初夏の歌が多い中、36番の
「夏の夜は、まだ宵ながら、明けぬるを、雲のいずこに 月やどるらん」という歌は今時分なのだろう。
「夏の夜っていうのは、夜になったばかりだと思ったのにもう夜が明けている。こんなに夜が短いんじゃ、月は西の山の裏まで沈む時間無かったのじゃないか?この雲の裏側にかくれているのだろ」
という意味の擬人法を用いた素晴らしい歌だ。
作者清原さんは外に出て寝苦しい夜を過ごしていたのか、それとも宴会をしていたのか?夫婦で空を見ながら話でもしていたのか・・・色々想像が膨らむ。
宵と酔いをかけているのかもしれない。と個人的には思う。古今集の出典にもそれらしきことが書いてある。
電力不足で大騒ぎしている今、当時は、電気などまったく無い。だからこそこんな純粋で、素朴で、テンポのよい歌が読めるのであろう。
いつもならエアコンをつけて寝てしまうが、節電ということなので、エアコンなしで寝ている。
暑さで寝たり起きたりを繰り返しているうちに、もう朝が来てしまった。
節電のおかげで、今から1000年も前の人間、清原深養父の思いが身近に感じられた。
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| 2011年 |
7/8 |
今日は昼に坂戸グランドホテルのランチに行きました。ひょんなことからそこでランチをやっていることを知り、(しかも安いという情報)行ってみました。本当に安い!パスタが750円前後。プラス420円でサラダ、スープ、パン、ドリンクがつくそうですが、ゆっくり食べてる時間も無いので単品で頼みました。どこもかしこも安くなってます・・・
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| 2011年 |
7/6 |
今日は19時から鶴ヶ島駅前の「海賊の庭」と言う居酒屋で飲み会でした。全部で9人出席です。23時過ぎまで盛り上がっていました。それにしても値段の安い居酒屋でした。アルコールメニューも充実していてなかなか良い雰囲気です。ただ、ビルの3階にあります。エレベーターなし。歳のせいか、会社から歩いてきたせいか、かなり苦しかった・・・
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| 2011年 |
7/5 |
今日は都幾川の慈光寺に行った。久しぶり。ここは埼玉県で数少ない国宝を保有しているお寺です。その昔は栄えた宿場町の外れにある由緒あるお寺。私の好きな場所のひとつです。小さいけど飾ってある千手観音が素晴らしい!名もない彫刻だけど、とても良い彫をしています。穏やかな表情が心を安らげました。ちなみに千手観音は、「千手千眼観世音菩薩といって、千個の手の先一つ一つに目がついているといわれてます。実際は53手?だったかなぁ?しかありません。江戸時代にはやった菩薩です。観世音菩薩は2手2眼しかないので、当時の民は貧困に苦しんで、私も見てくれ、私にも救いの手を・・・と言うことで、千個に手と目を持つ菩薩が流行りました。
実は、私この手のものを見てまわるのが3度の飯より大好きで、暇さえあればあちこち行ってます。事務所にいないのはこのせいです・・・。
話始めると数時間は平気で話しまくるので、今日はこの辺で。
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| 2011年 |
7/4 |
やりたいことがたくさんあります。でも仕事じゃないんです。そう、遊びです。趣味です。そろそろ夏休みの計画を立てないと。2年ぶりに、奥州藤原に行きたいけど混んでるだろうなぁ・・・
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| 2011年 |
7/3 |
現地の土留め工事の打ち合わせをしました。2時間もかかりました。お互い真剣に話し合いをした結果です。充実した時間でした。さて、今日の仕事はこれ位にして、図書館にでも行ってゆっくり本でも読みます。
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| 2011年 |
7/2 |
今日は鳩山の現地にのぼり旗を立てました。そして草が生えてきたので草むしり。900坪もあるので、目立つところだけ。汗だくです・・・。除草剤もまくけど、薬が効いて枯れてきた頃に(1〜2週間)は、また新しい草が生えてきているので、なんか効いてないような気分になってしまいます。とても高価な薬なのに!!・・・
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| 2011年 |
7/1 |
今日から節電の夏が始まります。エアコンを付けないで寝たり、電気をこまめに消したり、コンセントを抜いたり・・・。私なんかは貧しかったので、小さい頃から言われてきたこと事ばかりです。
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| 2011年 |
6/30 |
今日で6月も終わりです。早い!本当に最近時間が経つのが早く感じられます。歳を取った証拠ですね。今日は法定研修会があったので、午後は勉強でした。
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| 2011年 |
6/29 |
特選物件更新しました。今日は一時電力使用率が93%になってた。パソコンを見て、あわててエアコンの温度を28度に上げました。
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| 2011年 |
6/28 |
今日は暑かった。鳩山の現地で2時間も打ち合わせをしてしまった。日に焼けた・・・
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| 2011年 |
6/27 |
今日はポスティング業者さんが刷り上ったチラシを取りに来てくれました。2万部です。少しずつまいていくとのことです。
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| 2011年 |
6/26 |
やっと、会社の輪転機で印刷していたチラシが刷り上りました。全部で2万枚。僕より機械のほうが良く働いていた。感謝感謝。
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| 2011年 |
6/25 |
今日は日曜日。涼しくて暗かったので寝坊した!
急いで着替えて30分で支度をしました。気が緩んでる証拠ですかね・・・
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| 2011年 |
6/24 |
近くの県道が大幅に変わった。会社から川越方面に右折して出ようとすると、合流地点の信号から引っかかっている車が列を作っているので右折できない。困ったな・・・
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